読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ただの読書ログ(ヨシ・ノリハラ)

ヨシノリハラがひたすら読んだ本をアップしているだけの日記です。

蔵書の苦しみ(光文社新書) 岡崎武志

蔵書の苦しみ (光文社新書)

蔵書の苦しみ (光文社新書)

なぜ、本をためこむのか。分からない人から見れば、不思議でしょうがないでしょうね。

本を集める喜び

私はもちろん、この人ほどひどくはないのですが、本好きが昂じて、一時期は古本屋もどきをやっていました。1万冊まではありませんでしたが、ひたすら本を集める(せどり・買取)という作業が楽しいことが分かりました。いったい、紙の本のどこにこんな魅力があるのでしょうか。一種の依存症だと思います。共感しつつ読みました。

そんな中、こんなコメントを発見。

長田弘の対談集『対話の時間』(晶文社)で、養老孟司がこんなことを言っている。 「本を読むと蔵書はふえます。それでいながら、明窓浄机、何もないところに本が一冊あって、それを読むというのが本を読む人の理想である。読んでしまったらその本はなくてもいいはずなのに、そうではないというおもしろさ。蔵書と読書の関係は矛盾したものだと思います」

まさに、これこそ電子書籍ではないですか。タブレットでの読書は素晴らしい、まさに理想的だと思いますが、でもなんか違う。紙の本の持つ哀愁が無い。ましてや、古本の持つあの魔力は無いんだなぁ。いったい何が違うんだろう。そんなことを考えながら読んでいました。

「「本」は、中身だけで成り立っているものではない。紙質から造本、装丁、持ったときの手になじむ触感、あるいは函入りであったり、変型本だったり、それぞれの姿かたち。これらを総合して初めて「本」と呼びたい。函を持ち、そこから出し、読む前に触り、見る。この一連の動作に「読書」の姿勢はあり、そのためにつきまとう所有の苦労を厭わない。「蔵書の苦しみ」は、「蔵書の楽しみ」でもあるのだ。えっ、古いですか、考えが。そうかなあ……。決定的なことだと思うのですが。」

気持ちは痛いほどわかります。まあ、この本は電子書籍で読んだんだけど。

書籍内容

著者は2万冊を超える蔵書の持ち主。時々まとめて古本屋に引き取ってもらうが、売ったはしから買ってしまうので、一向に減ることはない。そんな、つねに蔵書の山と闘い続けている著者が、煩悶の末に至った蔵書の理想とは?ーー「本棚は書斎を堕落させる」「血肉化した500冊があればいい」「自分の中で鮮度を失った本は一度手放す」「トランクルームを借りても安心するべからず」など、本といかに付き合うかの知恵が満載。

広告